さてインターネットの出現は他方、短波放送や無線といったものの存在意義そのものを根底から揺るがしていることもまた事実である。その象徴ひとつとも言えるのが秋葉原という街の変貌であろう。

 その昔秋葉原といえば「家電の街」であった。家電製品に混じってアマチュア無線とかBCLラジオとか周辺機器を扱っているお店は結構あったように思う。今思い出しても懐かしいのだが「カクタエックスワン」とか「トヨムラ」とかが短波誌には常に広告を掲載しており、それを見てこれが欲しい、あれが欲しいと夢を馳せたものである。しかし秋葉原に決して近いところに住んでいたわけではなかったので、結局初めて行けたのはFRG-7を買ってもらった中2の大晦日であった。父親と一緒だったから完全に自由に行動する訳にも行かなかったが、あたり一面電気屋であるというそのスケールの大きさに感動したし、何よりもエックスワンとかトヨムラで初めて実物を目にするBCLラジオ/通信型受信機(BCLブーム最盛期には近所のユニーにさえBCLラジオは売られていたが、それはほんの一部であった。実際にスカイセンサーはユニーで買った。)に夢心地だった。それらは雑誌の中でしか見たことが無かったからである。それをきっかけに、何回か訪れることになった。

 そしてBCLを停止し次に通うようになったのは、おもしろ無線にはまった94年頃のことだと思う。まだその頃はロケットも万世橋側の2階建ての大きな店舗だったし、ツクモもやっていたし、まだエックスワンもあったようである。

 おもしろ無線にも少し飽きてまたしばらく行かなくなり、次に通うようになったのは今度は無線ではなくパソコンのためであった。特に99年春にパソコンを自作したときには、足しげく通った。そのときには既に無線とかBCLとかは全く眼中に無く、ひたすらパソコンのパーツショップを回っていた。したがってそのときに既に起こっていたであろう、街の変化にはあまり気付かなかったようである。

 そして今回BCLを復活した際にまた秋葉原に行くようになって改めて気付いたのは、無線を扱う店の減少、衰退である。もはや自分が通える店はロケットと富士無線電機、トヨムラとかほんの数店舗しかなくなっていた。しかもそれらの店もBCLについて宣伝しているところは基本的に無く、あくまでもアマチュア無線でありアクションバンドの店というコンセプトで運営されている。

 したがって現在いわゆるBCL用の商品というものは国内にはほとんど存在せず、アマチュア無線用のものを流用するか、中古品を探すか、輸入代理店で購入するか個人輸入するかしかなくなってしまった。まあ、インターネットのおかげで個人輸入も非常に簡単になったのだが・・・ インターネットの功罪相半ばといったところである。それを一番感じるのが秋葉原という街であったというところか。

(ちなみに94年ごろに頻繁に通った石川町の「エジソンプラザ」は今どうなっているんだろうと思い昨年末にバイクで訪れた。エジソンプラザ内のあるショップのwebページの更新が98年で止まっていたことからもいやな予感はしていたのだか・・・果たしてその衰退ぶりたるや目を覆いたくなるような惨憺たるものであった。1FにあったT-zone(トヨムラ)は撤退して別な店が入っており、2Fの数店舗あったショップは半分以上なくなってしまい、空きスペースが不気味に残っていた。年末30日ということで人が少なかったこともあるが、時代の流れを痛感せずにはいられず寂寥の感にとらわれたものである。)